Wood Connections目次構成
(時々更新します)

現在執筆中の物語の目次構成。

多少構成は変わるかもしれないけども、こんな感じで書いていくのでお付き合いください。

~タイトル~

– Wood Connections- 究極の木製サーフボードを追い求めて

はじめに

*自己紹介等

<本文>

1. 木製サーフボードへのあこがれと出会い (2000-2007)

・60’s Surf Style 木製サーフボードとの出会い

・SproutとTom Wegenerさんの桐製サーフボード

2. ハイエースカスタムとアライア制作の日々(2007-2008

ハイエースカスタムと裏山の杉

アライア制作の日々と木からの学び

3. 日本初の木製サーフボード教室開催

師匠「Paul Jensen」との出会い

・Nobbyさんとの出会い、木製サーフボードでの波乗り 

・サーフボード制作合宿 in 千葉 (2010)

・Tres Amigos

4. 自宅のリフォーム、能登ヒバとの出会い

・建具屋との出会い、木工機械購入

・能登ヒバの製材、自宅リフォーム

・木材の地産地消という幻想と現実

5. Paul Jensenを尋ねて(2013)

・Paul Jensen氏の自宅を訪ねて

・Westportでのサーフィン

・Mike Cumminsとの出会い

6. 石川県での木製サーフボード教室(2014)

・Paulからの知らせ

・金沢大学里山里海マイスタープログラム

・ワークショップの場所探し、自宅に見つけた最適のスペース

・サーフボード制作の合宿 Again (2014)

・原宿ツリーハウスで

7. 博士号との戦い

・木製サーフボードと環境

・のとヒバ製11’6 SUP

8. いざオーストラリアへ! (2014)

・Yater 6’9”の仕上げ

・Tom Wegenerさんとの出会い

・Grant Newbyさんとの出会い

・Noosaでの元旦サーフ

9. 再びポールを訪ねて(2015)

・富山湾での波乗り

・Fablearn Asia

・腰を抜かしたMike Cummins

・5’9” Fishの制作

・Elwha川河口での波乗り

・ダムネーションと木材流通改革

10. シェイプルーム制作(2016)

・Wood Connections

11. 京都でのワークショップ(2017)

・合宿再び

・Mini Simmons

12. GT Designs始動 (2017-2018)

・GT Designs設立

・家具職人デビュー

13 Wood Connections モデルの開発とオーストラリアトリップ (2019)

・夢に出てきた「Wood Connections」工法

・Tom Wegenerさんとの再会

・Grant Newbyさんとの再会

14 Woodyハイエースカスタム(2019-2020)

・廃材アップサイクル

・サーフバン

あとがき

*サーフボード制作の現状について 

*将来のプロジェクト構想について(woodconnections.net)

<参考図書等>

参考図書、ホームページのリスト

<付録>

Wood Connections工法ウッドサーフボード制作マニュアル「HOW-TO」

ウッドボードビルダーへのインタビュー

You get what you paid for…
師匠「Paul Jensen」との出会い

いやはや。前回のアライアの投稿から一ヶ月も経ってしまった。

今回は、私の人生を大きく変えることになった木製サーフボードづくりの師匠である「Paul Jensen」さんの記事ということもあり、ついつい気が張ってしまい気がつけば時間ばかり過ぎていく有様だ。

結局アライアは、その後10年越しにトライしてみたが、これが想像した以上に難しく立つことができないばかりか、腹ばいのプローンスタイルでもあまり波に乗れなかった。

体重がまだオーバーなのか、まだまだ技術が足りないのか。

もっと走り込む必要がありそうです。

思えば10年前も、アライアはやはり無理という気持ちになった。

そこで、やはりしっかりと波乗りができる木製サーフボードが作りたいということで、あれこれとインターネットで調べた結果、2人の人物に辿り着いた。

一人目はhollowsurfboards.comのPaul Jensenさん、もうひとりはwoodsurfboardplans.com/のJack Youngさん。

両人とも、当時から中空工法で木製サーフボードを作っており、その工程について詳しく解説するマニュアルを販売していた。

調べると、Paulさんのマニュアルは100ドル、Jackさんのマニュアルは50ドル。

購入前の下調べの段階ではJackさんのマニュアルのほうが安いし、情報が整理されていてわかりやすそう。

一方、Paulさんは人物的に面白いそうだが、マニュアルを紐解くのは難しそう。だけどマニュアルの値段は倍もする。

悩んだ末、二人に問い合わせをしてみることにした。

木製サーフボードづくりに興味があるが、2つのマニュアルがあり、どちらを買おうか迷っていることを正直に聞いてみることにした。

その返答は対照的だった。

Paulさんからの返事を要約すると、「俺のマニュアルのほうが良い。100ドルの価値はある。(You get what you pay for…)」という自信満々の内容。

一方Jackさんは、「Paul Jensen氏のマニュアルの中身は知らないため、比較することできない。でもPaulさんは良い木製サーフボードを作ることは知っている。どっちのマニュアルを買っても、良いボードができるよ」というとても紳士的な対応。

普通に考えれば、Jackさんのマニュアルを買うところなんだが、この時は第六感が働き、気がついたらhollowsurfboards.comにある100ドルのPaypalボタンを押していた。

正確にいうと、E-mailの最後の一文のYou get what you pay for…の自信満々な感じに、ややや、これはもしかして100ドル以上の価値があるかもと思った。

それから程なくして、Paulさんの木製サーフボードづくりマニュアル「HOW-TO」が郵送で届いた。

しかし、その圧倒的な情報量と整理されてないコンテンツに、You get what you pay forの期待はあっさりと裏切られ、さらに慣れないインチ表記に頭がますます混乱し、木製サーフボードづくりは開始早々にして暗礁に乗り上げてしまった。

そして半年ぐらいがたった頃。

Paulさんのホームページで2010年に木製サーフボード自作教室の開催する計画があり、その候補地の一つとして日本を検討していること知った。

このページ見た瞬間、居ても立っても居られない気持ちになり、再びPaulさんにメールを書いた。

そして、是非日本に来て欲しい、教室開催のお手伝いをさせて欲しいと伝えた。

数日後にPaulさんから前向きに検討してくれるというE-mailの返信があり、その返信の宛先のCCには、nobbywoodsurfboardsのNobbyさんが入っていた。

そして、その翌日には、Nobbyさんからも日本での木製サーフボード自作教室の開催を支援する旨のE-mailが届き、岩礁に乗り上げた船が再び動き始めた。

最近Paulさんから届いた写真。今も木製サーフボードづくりに対する情熱は失っていない。

アライア制作の日々と木からの学び

今年に入ってからランニングを習慣にしている。

これには理由があり「アライア」という、波乗りの原点と言われる乗り物にトライするためだ。

簡単に言えば「アライア」とはデブには決して乗ることができないフィンが付いていない木製の波乗り道具で、古代ハワイアンにも愛されたサーフィンの原点ともいうべき代物だ。

アライアとの出会いは、2009年に封切りとなったサーフィンムービー「The Present」。

デイブ・ラストヴィッチ、ダン・マロイ、クリス・デルモロがフィンのない薄っぺらい木の板でワイメアベイの波に乗る映像は衝撃的だった。

The Presentの監督は、木製サーフボードを作るきっかけにもなったSproutの監督「トーマス キャンベル」の作品ということもあり、私も出た瞬間にDVDを購入した記憶がある。

当時のサーフィン雑誌もアライアの特集を組み、日本でも一部のサーファーを中心にサーフィンの原点に回帰しようというムーブメントが起こった。

アライアは、木製サーフボードとは違い厚みも薄く一見作りやすそうだったので自作してみることにした。

The Presentの封切り直後の2009年の頃だったと思う。

我が家は山林を所有していることもあり、ラッキーなことに父が購入した自動カンナや丸鋸等の木工機械が揃っていた。

また、更にラッキーなことに祖父が自宅裏山に植え、父が伐採し地元の製材所に持ち込んで加工された厚み18mm程度の桐の板材が土蔵に保管してあった。

これを使わない手はないということで、あらゆるホームページ検索しアライアの作り方を学んでいった。

ハイエースのカスタム以降、木工沼に入りかけてたとはいえアライアの制作は困難を極めた。

まず手元にある桐の板の厚みが18mmしかない。幅も100〜200mmとバラバラ、しかもところどころに節がある。

これらの材料からアライアの幅400〜500mmを取るためには、節を交わし長手方向にカットした板を縦方向に接ぐ必要があったが、丸鋸を使った直接カットがまず思い通りにできない。

自作した丸鋸直線カットジグを使っても断面が直角でなかったり、まっすぐにカットできてもしてしばらく放置していたら板が歪んできたりと板接ぎ前の加工が精度がなかなかでないのだ。

思わずホームセンターで売っている桐の集成材にも飛びつきたくなったが、これらの桐は中国からはるばるやってきたもの。

しかも製材過程で人工乾燥され化学薬品により漂白処理がされた後、非耐水性のボンドで接着されている。

このようなエコフレンドリーとは言えない桐を使っても何もおもしくない。

だからこそ、裏山の桐を形にしてやろうと思ったわけだ。

試行錯誤の末、何とか手元にある桐の材料から4本のアライアが出来上がった。

2009年、自宅裏山の桐の木で制作した4本のアライア
自宅裏山の桐の木で制作した4本のアライア (2009年)

しかしながら、基の厚みが18mm、ボトム面にコンケーブなんていれたりすると更に板は薄くなり、実際に海に持っていきトライしてみると、テイクオフした瞬間から板が沈みこみ、雑誌で見たようなライディングが不可能なことを悟った。

当時はそれなりに体重も絞れてて自信があったのに、サーフィンのスキルがまだまだ浅かったのだと思う。

ただ、ボードの上に立てはしなかったものの、腹ばいで驚くほど早いスピードで波に乗ることができたのは驚きだった。

また制作過程において、木の繊維には方向があり、板の上下、内側外側でカンナを入れる方向が決まっていることを学んだ。

あれから10年。アライアは無理と諦め、木製サーフボードづくりを進めてきた。

また当時、厚みのある桐の板を求め、石川県内の製材所、森林組合に相談し、やっと見つけた河北郡津幡町倉見地区の桐の丸太を製材し、自宅裏山で桟積みし、アク抜き、自然乾燥した木も一部腐りかけて来た。

裏山から自宅の土蔵横に移した製材済みの桐

ようやく体重も減ったし、サーフィンのスキルも多分上達しているはずである。

そこで、10前に購入し製材した桐で、改良したアライアも制作することにした。

毎年この時期の日本海側は湖のように静まり返るが、良い波が立ち次第、再びアライアにチャレンジしてみようと思っている。

最近作成したアライア 6’6″(左)、10年前に作成したアライア 5’7″(右)

ハイエースカスタムと裏山の杉

最近「バンライフ」ってのが流行りらしい。バンライフで検索すると、YoutubeやInstagramで沢山の情報や楽しいそうな写真が出てくる。

車を移動手段だけでなく、ベッドや生活用品を乗せることで“移動できる生活拠点”とし、時間や場所にとらわれずに旅しながら暮らすライフスタイルのことを言うそうだ。

しかし、今流行りのこの「バンライフ」も、サーファーにとっては昔っからごくごく当たり前のように存在し、そういう自分も2007年に購入にしたハイエースを機に、バンライフを楽しんで来た一人だ。

いや、振り返れば、ハイエースを購入する前からもバンかミニバンタイプの車としか縁がない。

免許取得直後によく運転してた家のデリカスターワゴンでは、酔っ払ってバンパーに乗ってきた親友を急加速からの急ブレーキで海に振り落としたり(誰も信じてくれないと思うがこれ本当)、社会人デビュー時の車だった三菱のシャリオグランディスでは、大した装備もないまま全国あちこちの波乗りポイントに出向いた。

そんなわけで、最近のこのバンライフブームを見ると、「そんなの昔からヤッてるぜいとか、最近のYoutuberも大したことねーな」とか、ついつい上から目線になってしまいがちだ。

ハイエース購入を決めたのは、当時サーフライダーファウンデーションジャパンの代表だった守山さんを訪ねて京都の八丁浜に行った時だと思う。

夜明け前から駐車し、朝一の波を狙うサーファー達の車の中で、ダークグリーンのハイエースが何故かやたら格好良く見えた。

それからほどなくして、2007年のゴールデンウイークについに我が家にダークグリーンのハイエースがやってきた。

ハイエースが納車され歓喜する子供達

大学で建築を選考し、環境に配慮したモノづくりに関心があったので、自宅近くで育った木で内装をやってみようとすぐに決めた。

そしたラッキーなことに、裏山で伐採され、製材された杉の木の板が自宅にあったたため、この裏山の杉で、荷台スペースにべットの制作をすることを決めた。

それでノウハウを求め、向かった本屋で一冊の本に出会った。

トランポ ハイエースをDIYで快適空間に」だ。

この頃は、ハイエースを8ナンバー登録して節税するものがいたり、どう考えても駐車の邪魔にしかならず見た目もとても恥ずかしいガンダムのようなハイエースを乗り回す者がいたり、今よりもカスタムがしやすい時代だった。

ただ、その頃はDIYの経験もほとんどなく、丸鋸すらビビってろくに使いこなせない有様だったが、どーにかして裏山の杉の木でべットを作った。

自宅裏山で伐採された杉の板で作ったべット

苦労して出来上がった杉の木で出来たべットは、まさに天然の芳香剤の如くとても良い香りがし、運転するたびにハッピーな気分にさせてくれた。

この時に作ったべットの一部は、現在の2代目ハイエースにも受け継がれ、未だに現役で活躍中である。

2019年に購入した2代目ハイエース。木工の腕にも磨きがかかった。

そして、このハイエースカスタムをきっかけに、果てしない木工の道を歩いていくことになったのである。

SproutとTom Wegenerさんの
桐製サーフボード

サーフィンを始めて数年が経ち、ようやくロングボードも乗りこなせるようになった頃、「Sprout」というサーフムービーのDVDを父の友人からもらった。

多分2006〜2007年頃のことだったと思う。

人並みにロングボードに乗れるようになりながらも、飽き始めてた頃だったが、14インチのブラウンから流れてくる「Tom Wegener」さんの桐で出来た木製サーフボードに釘付けになった。

というのも、Surf 60s’ sytleの「Dale Velzy & Hap Jacobs」のバルサ製のサーフボードを知ってから以降、日本にはバルサなんてないから木製サーフボードなら軽い桐がいいのだろうなんて丁度思っていたところだった。

また、偶然その頃、自宅の裏山に祖父が生えてたのを父が伐採して製材してあった桐の板があり、この板で木製サーフボードを作ってみたいなと丁度考えていたところでもあった。

急に裏山の桐で作る木製サーフボードのイメージが頭の中で急激に現実味を帯びながらも、一方で何をどうしたらサーフボードになるんだろうという疑問が交錯し、悶々とした日々を過ごしたことを覚えている。

Tomさんは、Sprout以前に「Siesta and Olas」という名作であるサーフムービーで知っていたが、この頃は、まさに雲の上のようなスーパースターでしかなく、まさか後々本人と会えるようになるとは考えもしなかった。

「Sprout」も「Siesta & Olas」は共に名作で、間違いなく僕の人生に大きな影響を与えたサーフムービーの5本にノーミネートされる。

Youtubeに「Sprout」がアップされているので、知らない人は是非見ていただきたい。

皆さんはどう思われるかわからないが、少なくとも自分は一本のサーフムービーで大きく人生が変わってしまった。

これは紛れもない事実なのである。

Surf 60’s Style
木製サーフボードとの出会い

大学の卒業旅行でアメリカを縦断したことがある。

当時スノーボーディングに熱中していた中学校の野球部の同級生と貨物用のバンをロサンゼルスで借り、ラスベガス、ソルトレイクシティー、ミズーラ(モンタナ州)、シアトルを2週間ぐらいかけてまわった。

スノーボードに行き、山から降りるとレンタカーが駐車違反でレッカーされて消えていたり、同じ日にスピード違反切符を来られるなど、就職を間近に控えた学生にとってはちょっとした冒険だった。

サーフィンは、この旅でハマったスノーボーディングの延長で、冬以外の季節を過ごすための遊びのつもりだった。

社会人になってもらった初ボーナスを握りしめ、意気揚々と地元のサーフショップに行くもどうしても欲しかったロングボードを売ってもらえず、仕方なく行った先のムラサキスポーツで、よくわからないまま店員一押しのロングボード「マメ増田シェイプモデル」を購入することになった。

それからしばらくして、マメ増田シェイプのロングボードにようやく乗れるようになった頃、Surf 60s’ sytleというサーフィン雑誌に載っていた「Dale Velzy & Hap Jacobs」のバルサ製のサーフボードを知った。

この雑誌は、当時一緒に波乗りに良く行った近所の後輩「三島秀成君」に貸し出した後、数年間行方不明となり、ある日同じ地区の廃品回収(雑誌や古新聞を回収するイベント)でレモンノートというエロ本にサンドイッチされた状態で、運命的な再会を果たすこととなる。

木製サーフボードとの出会いはこんな具合にドラマチックだったのである。

初ボーナスが全て消えたマメ増田シェイプロングボード。正直日本海の波には合ってなかったと思う。
初ボーナスが全て消えたマメ増田シェイプロングボード。
正直日本海の波には合ってなかったと思う。
Surf' 60s style(1998年12月出版)
これを超えるサーフィン雑誌はなかなかない。
Surf’ 60s style(1998年12月出版)
これを超えるサーフィン雑誌はなかなかない。
Dale Velzy & Hab Jacobs
Donald Takayama "DT"バルサモデル
Dale Velzy & Hab Jacobs
Donald Takayama “DT”バルサモデル

Wood Connections執筆開始

2019年8月6日 Wood Connections モデル#1 Noosaでの進水式

究極の木製サーフボードを追い求め10年。

ようやく納得のいく木製サーフボード「Wood Connectionsモデル1号」が完成した。

日本の伝統的な建築で使われる木組みの技術をサーフボードの構造に応用し、グラスファイバーを使用することなく十分な強度出すことに成功した。

本ブログでは、このサーフボード完成に至るまでの道のり、今後も続く木製サーフボードづくりの話題を提供します。

工房拡張中

リバーテーブルの注文が入り大忙しのGT Designsです。
誠に申し訳ありませんが、8月末まではオーダーを受け付けることができません。ご迷惑をおかけします。

クライアントの要望を満たす銘木が中々見つかず困っておりましたが、先日記念すべき100回目の開催を迎えたムラモト銘木市にて探し求めていた銘木に出会いました。

4m超の無垢板を加工するためにはまず作業スペースを確保する必要があり、これを機会に工房を拡張することにし、先日から友人の大工とのハーフビルドにチャレンジしてしています。友人は、同じ小学校の同級であり中学は同じ野球部に所属、これで3回目のハーフビルドになります。材料は、全てが県産材、能登の杉とヒバを中心に使っています。

Key Factor代表であり、横乗りDIY仲間の古田さんも応援に駆けつけてくれ、ホゾ穴の加工を手伝ってくれました。お礼に、彼が抱える重要な案件に必要な材料を提供させていただきました。

途中、テーブルの材料を保管してくれているムラモトさんの倉庫にて、木取り作業を行いました。社長が暖かく出迎えてくれ、自らが操縦するフォークリフトで納得の行くまで無垢材のレイアウトに付き合っていただきました。いつもありがとうございます。

6月上旬までには、何とか棟上げまで持っていく予定です。助っ人募集しております。